ファイナンス理論 · 第3回 · 動画2 · インタラクティブ教材

火事の上空にヘリはない:2008年9月、金融救済のトレードオフ

I重要な公式

公式名称説明
B+H  <  p L  ⟹  救済B + H \;\lt\; p\,L \;\Longrightarrow\; \text{救済}線がどこに引かれるか救済そのもののコスト BB と、救済が生むモラルハザードの現在価値 HH の和を、破綻が広がる確率 pp と、広がった場合の損失 LL に対して比べます
p∗=B+HLp^{*} = \dfrac{B + H}{L}パニックの損益分岐確率確率が p∗p^{*} を上回れば救済のほうが安くつき、下回れば企業の破綻を容認するほうが安くつきます
∑i∈Feij  >  Kj  ⟹  j が破綻\sum_{i \in F} e_{ij} \;\gt\; K_j \;\Longrightarrow\; j \text{ が破綻}破綻はどう伝わるか企業 jj は、すでに破綻した企業群 FF のペーパーで損失 eije_{ij} を負います。その合計が自己資本 KjK_j を超えると、jj も破綻します
救済⇒約束⇒リスクへの注意が薄れる\text{救済} \Rightarrow \text{約束} \Rightarrow \text{リスクへの注意が薄れる}モラルハザードの項 HH救済のたびに、それほど大きな金融機関の将来の株主に対して、この規模の会社は潰させないという暗黙の約束がなされます。そして破綻を許されない会社は、破綻の脅威がもたらす規律を失います

ポイント:森林火災なら、ヘリコプターを飛ばして火事の全体を見渡せます。だからこそ、その周りを輪のように計画的に焼いておく方法が効くのです。2008年9月にはそのヘリコプターがありませんでした。どの企業がすでに破綻しかけているのか、次に倒れるのはどこか、隠れたエクスポージャーがどこにあるのか、誰にも見えませんでした。pp も LL も測れず、どちらの側にも本物の危険がある中で線を引くしかなかったのです。

II救済はどこで止まるか

払える範囲の救済を、見えているエクスポージャーの上に配置します。それでも破綻は、その脇をすり抜ける経路を見つけるでしょうか?

💡 この図の救済はどれも無料です。その代価は、次の企業の債権者に対してなされる約束で、その現在価値が上の HH の項です。それは、まだ誰も描いていない地図の上で、次の危機のときに支払期限を迎えます。

III損失を最後に負うのは誰か

どちらにしても最初の損失は株主が負います。救済によって変わるのは、株主の持分を超えた部分のすべてです。

IV1つの問い、2組の道具

それぞれの論点は、そのために作られた道具でしか決着がつきません。そして、そのどちらでも決着がつかない論点が1つあります。

💡 同じ問いは以前にも2度問われました。1997年の東南アジアの危機では国際金融機関が救済を決め、それらの国々は持ちこたえました。その後の中南米の危機では、米国の主導で救済しないと決め、危機は行き着くところまで進みました。どちらの結果も、次の事例の答えを決めてはくれません。

V確認クイズ

問1 · 破綻はこの企業に届くか

条件:企業 jj は、破綻したばかりの2つの企業のペーパーで、一方から450億ドル、もう一方から300億ドルの損失を負います。自己資本は600億ドルで、誰も救済しません。正しい記述はどれですか?

✅ 正解です!10億ドル単位で 45+30=7545 + 30 = 75 が Kj=60K_j = 60 を超えるので、破綻はもう一歩先へ伝わり、jj が次に債務が焦げつく企業になります。
❌ 損失は順番待ちをしてくれません。2つの保有分は同時に無価値になるので、自己資本にぶつかるのはその合計 45+30=7545 + 30 = 75 です。
❌ 言いすぎです。破綻した企業のペーパーを持つ企業は損失を負いますが、破綻するのはその損失が自己資本を超えたときだけです。ある企業では延焼が止まり、別の企業では止まらないのは、まさに自己資本の違いによるのです。
❌ 自己資本は、損失の外に置かれた準備金ではありません。下落した資産と、まだ負っている債務とのあいだのクッションなので、資産が750億ドル下がれば、まず自己資本が食われます。
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破綻がどう伝わるかの条件を、すべて10億ドル単位で当てはめます。

∑i∈Feij=45+30=75  >  Kj=60\sum_{i \in F} e_{ij} = 45 + 30 = 75 \;\gt\; K_j = 60

企業 jj は破綻します。合計が問題になるのは、FF の2社がどちらもすでに破綻しているからです。両社のペーパーは、1つずつではなく、いま同時に焦げついています。

この条件が言っていることは、ほかにもあります。もし jj の保有が450億ドルと100億ドルだったら、合計550億ドルは600億ドルの自己資本の内側に収まり、連鎖はそこで止まります。エクスポージャーの網がいつも全焼するとは限らないのはこのためであり、すべての eije_{ij} とすべての KjK_j を知らなければ、どこで止まるかを前もって言えないのもこのためです。

問2 · 管理下への移行が約束したもの

条件:2008年9月7日にファニーメイとフレディマックが政府の管理下に置かれたとき、株主は持分を失いましたが、両社とそのペーパーは生き延びました。ある同級生は、株主資本が無価値になったのだからモラルハザードは生まれなかった、と結論します。この議論はどこで間違っていますか?

✅ 正解です!生き延びたのは両社とそのペーパーで、市場はそこから、この規模の会社は潰させないと受け取ります。破綻を許されない金融機関は、破綻の脅威がもたらす規律を失うのです。
❌ 一方の請求権は消えましたが、もう一方は消えていません。両社にお金を貸していた人は全員が全額守られました。次の貸し手が価格に織り込むのは、この結果です。
❌ 株主は実際に損をしました。だからこそ、この議論はもっともらしく聞こえるのです。モラルハザードは、失われたものではなく、生き延びたものの中にあります。
❌ モラルハザードを生むのは、小切手ではなく期待です。暗黙の約束は、こうした金融機関の将来の株主に対してなされ、その日から投資家がリスクにどれだけ注意を払うかを変えてしまいます。
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金融機関に対する2つの請求権を分けて考えます。株主資本は失われたので、救済は当時の株主への贈り物ではありませんでした。ペーパーは生き延びたので、債権者は全員が全額守られました。

救済⇒約束⇒リスクへの注意が薄れる\text{救済} \Rightarrow \text{約束} \Rightarrow \text{リスクへの注意が薄れる}

約束は過去ではなく、未来に向かいます。それは、この規模の金融機関の将来の株主と債権者に対して、次にどこかが苦境に陥ったとき何が起きるかを告げるのです。約束が守られると期待する投資家は、リスクへの注意がおろそかになります。その期待こそがコスト HH で、それはこの救済ではなく、次の危機に請求されます。

救済をそのまま続けられなかったのはこのためです。救済は当日は安く、後になって高くつきます。そして2008年9月には、困っている金融機関をFRBが片っ端から救済しているように見られてはならない、ということが懸念されていました。

問3 · 計算で線を引く

条件:破綻しかけた銀行を救済するには、いま200億ドルかかります。また、暗黙の約束が招く追加のリスクテイクは、次の危機から割り引いた今日の価値で300億ドルに相当します。破綻を容認すると、4,000億ドルの損失をもたらすシステム全体のパニックが起きるおそれがあります。

パニックの確率がどれだけを上回れば、救済のほうが安くつきますか?

エクスポージャーの地図から見積もったパニックの確率は 8%8\% です。どちらが安くつきますか?

✅ 正解です!p∗=(20+30)/400=0.125p^{*} = (20 + 30)/400 = 0.125 で、確率 0.080.08 では破綻を容認する場合の期待コストは 0.08×400=320.08 \times 400 = 32 となり、救済にかかる 5050 を下回ります。ここでの数値はすべて10億ドル単位です。
❌ それは 20/40020/400 です。今日切る小切手だけを数えて、救済のコストのもう半分であるモラルハザードを入れていません。
❌ 500億ドルはコストであって、確率ではありません。B+H=50B + H = 50 は救済にかかる総額です。損益分岐の確率は、その総額をパニックの損失で割ったものです。
❌ それは 30/40030/400 です。モラルハザードだけを数えて、今日切る小切手を入れていません。天秤には両方が必要です。
❌ 4,000億ドルの損失が出るのは、パニックが起きたときだけです。それが起きる確率で重みをつけましょう。0.08×400=320.08 \times 400 = 32 です。
❌ 答えの側は正しいのですが、理由が違います。救済が常に高くつくわけではありません。パニックの確率が 12.5%12.5\% を上回れば、同じ計算で救済のほうが有利になります。ここで決め手になるのは、8%8\% という見積もりです。
❌ 10億ドル単位で、5050 と 0.08×400=320.08 \times 400 = 32 を比べましょう。両者が釣り合うのは 8%8\% ではなく 12.5%12.5\% で、それを下回ると、銀行の破綻を容認する場合の期待コストのほうが小さくなります。
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両側を10億ドル単位で表します。救済のコストは、いま支払う額に、約束が生むモラルハザードを加えたものです。

B+H=20+30=50B + H = 20 + 30 = 50

破綻を容認した場合にパニックのコストがかかるのは、パニックが起きたときだけです。

p L=p×400p\,L = p \times 400

両側が釣り合うのは、

p∗=B+HL=50400=0.125p^{*} = \frac{B + H}{L} = \frac{50}{400} = 0.125

のときです。ですからパニックの確率が 12.5%12.5\% を上回れば救済のほうが安くつき、下回れば銀行の破綻を容認するほうが安くつきます。見積もりの 8%8\% では、

0.08×400=32  <  500.08 \times 400 = 32 \;\lt\; 50

なので、この数値のもとでは銀行の破綻が容認されます。

計算は簡単な部分にすぎません。2008年9月には、pp も LL も何かから読み取ることはできませんでした。どちらも、誰にも見えない企業どうしのエクスポージャーに左右されるからです。これほど単純な計算でも、当時は何も決められなかったのはこのためです。

問4 · 逆を向く2つの答え

条件:ある国が債務不履行に向かっています。経済の問題として判断すれば、答えは決して救済しないことです。救済のたびにモラルハザードが積み重なり、ほかの国々の将来の世代の借入コストを押し上げるからです。政治・社会の問題として判断すれば、答えは本当に困っている国を助けることです。講義の方法に従っているのはどれですか?

✅ 正解です!問いを別々の論点に分け、それぞれの道具をその目的の問いに使い、各問いを切り離して答え、そのうえではじめて答えどうしをどう比べるかを決めます。その最後の判断は、政治家と有権者が下すものです。
❌ どの道具を使うかを決めるのは、測れるかどうかではありません。経済学で政治の問いに決着はつけられず、政治で経済の問いに決着をつけることもできません。ですから、どちらの答えも他方に優先しません。
❌ 2つの答えが逆を向くのは、はじめから予想されていることです。だからこの方法は一致ではなく天秤で終わるのであり、その天秤が政治家と有権者のものなのです。
❌ 同じ問いは、以前にも両方の答えが出ています。1997年の東南アジアは救済されて持ちこたえ、その後の中南米の危機は行き着くところまで放置されました。どちらの事例も、次の事例の答えを決めてはくれません。
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方法は、1つの答えを探すのではなく、問いを分けることです。

経済的な論点は、モラルハザードです。それだけで判断するなら、破綻しかけた国を救済すべきでは決してありません。救済のたびにモラルハザードが積み重なり、ほかの国々の将来の世代の借入コストを押し上げるからです。

政治的・社会的な論点は、正反対の答えを支持します。本当に困っている国を助けなければ社会不安を招くおそれがあり、誰も解決策を示さなければ、人々は解決策を示す人についていきます。その解決策が正しかろうと、間違っていようと。

経済学には社会不安に値段をつける道具がなく、政治には将来の借入コストに値段をつける道具がありません。ですから、それぞれの問いを切り離し、そのために作られた道具で答えます。残るのは、一方の答えを他方に対してどれだけ重く見るかで、それはどちらの分野が行う計算でもありません。政治家と有権者が下す判断です。

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